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仙台高等裁判所 昭和58年(ネ)352号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  控訴人

1  仮に控訴人が被控訴人主張の代理行為をしたと認められるなら、被控訴人は右代理行為の本人たる千葉幸雄に対し当該代理によつて締結された契約の履行を求めるべきであり、当該代理行為が幸雄に対し効力を生じないことが公権的に確定した場合に初めてその代理人として法律行為をした控訴人に対し、民法第一一七条第一項に基づき契約の履行又は損害賠償の請求をなしうるものである。ところが被控訴人は千葉幸雄に対する保証債務履行の請求において控訴人による代理行為及び代理権(表見代理を含む)存在の主張をしなかつたため、代理行為の成否及び効力についての公権的判断はなされていないのである。したがつて、本件請求は、民法第一一七条の要件を欠き失当である。

2  仮に、本件保証契約が控訴人の無権代理行為に基づいて締結されたものであるとしても、被控訴人には、控訴人が代理権を有しないことを知らなかつたことにつき過失がある。

すなわち、被控訴人は金融機関であるから、貸付を実行する場合には、連帯保証人の保証意思を確認すべきである。控訴人夫婦は本件以前に被控訴人飯野川支店から融資を受けたことがあり、被控訴人は控訴人夫婦の自署した文書を所持していたのであるから、本件取引約定書になされた署名の筆跡が控訴人夫婦のそれと異ることを容易に知りえた筈であり、また、当時控訴人は一時入院したことがあるものの、夫幸雄は常に住所地に所在していたのであるから、直接本人に会つて確かめることが容易にできたのである。しかるに、被控訴人はこれらの調査を全くしなかつたのであるから、本件保証契約が無権代理人によつてなされたことを知らなかつたことにつき過失があり、控訴人に対し民法第一一七条に基づく請求権を有しない。

二  被控訴人

控訴人の主張はすべて争う。

三  証拠関係(省略)

理由

一  当裁判所も被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものと判断するが、その理由は、次に付加するほかは原判決理由に説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

当審における控訴人の本人尋問における供述中原判決の事実認定に反する部分は原判決挙示の証拠に照らして措信できず、成立に争いのない乙第一ないし第三号証によつては未だ右認定判断を左右するに足りない。

1  本件連帯保証契約締結に至る経緯について

原判決理由挙示の甲第三、第四号証、同第六号証、同第一〇号証、成立に争いのない甲第一一、第一二号証、同第一六、第一七号証、同第一八ないし第二〇号証の各一、二(ただし甲第一八号証の一、二については後記措信しない部分を除く)、同第二三号証の四及び六、同第二六号証の四及び六、同第二九号証の一、二、同第三一号証、同第三三号証、同第三五号証、同第四〇、第四一号証、原審証人田口正孝の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)、千葉幸雄作成名義部分については以上の証拠を総合して控訴人の意思に基づいて作成されたものと認められ、その余の部分は右甲第一九号証の一、二及び田口正孝の証言を総合していずれも成立の真正を認めうる甲第七、第八号証の各一、二、同第九号証、同第一五号証、同第四二、第四三号証の各一、二を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人の夫千葉幸雄(旧姓佐藤幸雄)は昭和一七年五月一七日、父千葉篤藏、母なつよの二女である控訴人と婿養子縁組をして家業である農業に専念してきたものであるが、昭和三九年四月一六日篤藏死亡により、その所有不動産は幸雄が相続して自己名義に相続登記を経由したものの、その管理運用は妻である控訴人に委せ、幸雄名義による借入等も主として控訴人が幸雄の代理人としてこれを行うことを認めてきた。昭和四二年五月ころ、同様にして幸雄が借主となり被控訴人から金一〇〇万円を借受けたほか、昭和四七、八年ころにも幸雄が借主となつて被控訴人に融資の申込をしたことがあつたが、その際被控訴人に提出した取引約定書、借受申込書等の幸雄の署名は、いずれも控訴人が代理して行い、その後の右借入金の返済等の手続も控訴人がその衝にあたつた。

(二)  訴外会社の代表者前澤要治の妻千代美は控訴人の従妹で、夫要治と共に、建設業を営む訴外会社の経営に従事していたが、昭和五一年五月四日ころ、訴外会社は被控訴人から金一〇〇万円を借入れることとし、千代美において、そのころ控訴人に対し、幸雄名義で右借入金の保証をされたい旨を依頼したところ、控訴人はこれを承諾し、自ら夫幸雄の代理人として同人の印鑑登録証明書の交付を受けたうえ、これと幸雄の実印を千代美に交付した。千代美は、これを使用して同月六日幸雄が訴外会社の被控訴人に対する金一〇〇万円の借用金証書の連帯保証人欄の幸雄名下に押印して被控訴人に差入れたうえ、同日、訴外会社において被控訴人から手形貸付の方法により金一〇〇万円を弁済期同月一六日の約定で借受けた。同月一五日ころ、訴外会社は改めて金一〇〇万円の資金を必要としたことから、そのころ千代美において控訴人に対し、更に幸雄名義で金一〇〇万円の保証をして貰いたい旨依頼したところ、控訴人はこれを承諾し、自ら、借主を訴外会社、借入金額一〇〇万円、弁済期同月二〇日とする被控訴人宛の借入申込書の連帯保証人欄に幸雄の署名を代行し、その名下に幸雄の実印を押捺してこれを千代美に交付した。そして訴外会社は同月一七日、右借入申込書を被控訴人に差入れて被控訴人から手形貸付の方法で金一〇〇万円を借受けた。

(三)  その後、控訴人は、同月二〇日ころと同年一一月五日ころの二回にわたり千代美から訴外会社が被控訴人から金員の借入れをするにつき幸雄名義で連帯保証することを依頼されてこれを承諾し、その都度千代美に対し幸雄の実印を貸与した。そして、千代美は、右実印を用いて前同様、被控訴人との間で、幸雄を連帯保証人とする本件各連帯保証契約を締結した。

以上のように認められ、甲第一八号証の一、二の記載並びに原審及び当審における控訴人の本人尋問における供述中、前記認定に反する部分は措信できず、他に以上の認定を左右すべき証拠はない。

2  控訴人は、無権代理行為の相手方が、無権代理人の責任を追求するためには、まず本人に対し右代理行為による契約の履行を請求し、その代理行為が本人に対して効力を生じないことが公権的に確定されることを要する旨主張するが、民法一一七条第一項による無権代理人の責任は控訴人主張の事項を要件とするものではなく、当該代理権の証明又は本人の追認あることが、その発生を妨げる要件であることは、条文の文言により明らかであるから、この点に関する控訴人の主張は採用できない。しかも右代理権の存在もしくは追認の事実は控訴人の主張立証しないところである。

3  そこで、被控訴人の過失の有無につき判断する。

民法第一一七条は、無権代理人に当該代理行為による契約の履行又は損害賠償の責任を負わせることによつて、本人側の責任を原因とする表見代理によつては保護を受けることのできない場合の相手方を救済し、もつて取引の安全を確保しようとするもので、無権代理人の責任を原因とするものであるから、同条第二項にいう「相手方が過失により代理権がないことを知らなかつたとき」とは、相手方を保護することが、却つて信義則ないし公平の原理に反することになる場合、すなわち、相手方に悪意に近いほどの重大な過失がある場合を指すものと解される。

ところで、前記認定の事実及び前段引用にかかる原審認定の事実によれば、控訴人は本件連帯保証契約に先立つて、昭和五一年五月四日ころ夫幸雄の印鑑登録証明書及び実印を千代美に交付して同人が被控訴人との間で幸雄名義で保証契約を締結することを承諾し、同月一五日ころには控訴人自ら被控訴人宛の借入申込書の保証人欄に幸雄の署名押印をなしてこれを千代美に交付し、本件各契約に際しては同様の趣旨で幸雄の実印を千代美に交付したのであり、しかも、一一月一五日の契約に先立つて被控訴人の担当者が控訴人方に保証意思の確認のために電話したところ控訴人において間違いない旨述べているのであつて、その他前記認定の事情に鑑みると、相手方である被控訴人の担当者は幸雄において本件各連帯保証を承諾していると信じたことが推認され(信じたからこそ訴外会社への貸付がなされたわけである。)、そのように信じたことにつき被控訴人には重大な過失があつたものとは到底認められないから、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

二  したがつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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